今日は、自分の母校である伊万里高校に講師として招かれた。
この講話は、いろんな大人の話を高校生に聞かせたいということで、年に数回開かれているようだ。
卒業して8年ぐらい経つので、なかなか高校に行く機会がなく、また高校生と触れる機会も少なくなったので、このように話をできる機会をもらえて非常に嬉しかった。
*
ショックだった。
話を終えて帰ってくる時、すごく気持ちが沈んだ。
それは自分の話の内容とか生徒の態度とか、そういったところから起きた感情ではなかった。
それは、先生から聞いた生徒数の話のせいだった。
今の伊万里高校のクラスの数は一学年4クラスになっているらしい。
僕たちの時は6クラスあった。
1クラス40人ぐらいだから、僕が卒業してからたった8年で80人弱の生徒が減っているということだ。
さらに、伊万里にある高校自体の数も減っている。
伊万里の子供の数がかなりのペースで減っていることを実際に肌で感じて、すごく不安な感情になった。
確かにほとんどの人は、高校を卒業したら伊万里から出ていく。
理由はなんだろう?
「仕事がない」とよく言うが、実際に仕事はある。
伊万里にはたくさんの工場があるから。
じゃあ、魅力的な仕事が十分にあるか?
と言われたら、わからない。
地元で働こうと思うと、公務員か医療関係などの資格を取るのが一般的だ。
公務員は税金で成り立っているし、納税する人が増えないことには公務員の数も減っていくだろう。
要は、人が暮らしたいと思う街にしていかないといけない。
伊万里は、素敵なところもたくさんあるが、人が暮らしやすいようなデザインがちゃんとできているかというとそうでないんじゃないかなと思う。
例えば、伊万里のバイパスだ。
車通りが多いということは、その分、ビジネスチャンスになるはずなのに伊万里の一番車通りが多い道沿いにはお店がほとんどない。
また、道沿いに店があったとしても、中央線にコンクリートで植木があって、右折できなくなっている。
中央のコンクリートを取っ払って、右折できるようになれば、ドライバーがお店に入る確率は単純に倍になるはずだ。
それだけでその道路の経済価値はかなりのものになる。
他にも工場の通勤で人が移動するのであれば、そこに商いをしやすいようなデザインがあればいいなと思う。
渋滞が迷惑で悪だと思われてるけど、本来、渋滞があることは商いにとってはかなりの追い風。
その追い風をいかせているのはコンビニだけだ。
また、その工場の人たちが伊万里に住んでいるかというと少し疑問に思うところもある。
これらは一例だが、要は、人が暮らすためのデザインができてないんじゃないかなと思う。
まあ、めちゃくちゃ頭がいい人が考えて考えて、今の結果になっているので僕みたいな卵の生産者が考えていることなんて、とっくに誰かがやっているのかもしれない。
でも、その結果、人がどんどんいなくなっているのは悲しい。
悲しいだけだったらいいが、そもそも、もう人がいなくて、住めなくならないかが心配だ。
その辺のことちゃんと勉強したことなかったけど、人がいなかったら僕も商売できないので、もっと社会のことに目を向けようと思った伊万里高校の生徒をみて。