佐賀の新米農家、ど田舎から

佐賀の新米農家です。日々、気づいたことを日記としてかけたらいいなと思ってます。

物事には理由がある。

家に帰ると、ばあちゃんがうなだれていた。

 

両手で顔を覆って、座っていた。

 

「どうしたのだろう」

 

 

聞けば、さっき近所の人から電話がかかってきて、内容は、ヤギが畑を荒らしたとのことだった。

 

「人に迷惑かけてしもうた」

 

ばあちゃんは、人に迷惑をかけないことを大事にしている。

 

ヤギは引越しをして、最近はあまり脱走しなくなり、脱走したとしてもすぐ帰ってきてたので、僕はあまり心配してなかった。

(脱走しても、自分でフェンスを越えてまた帰ってきていた)

 

起きてしまったことはしょうがない。

 

日本酒を買って、ヤギの被害に遭われた方に謝罪に行った。

 

すみませんでした。

 

 

 

ヤギが脱走して、近隣の人に迷惑をかけて、謝りに行くという、一連のこの時間を無駄だなと思う一方で、こんなことをできるのってなんか田舎ならではだなと思ったりもした。

 

 

 

長いロープを首につけてヤギがある程度自由に移動できるようにした上で、20メートル×5メートルぐらいのまあまあ広い柵をした。

 

これで脱走もできないし、十分な広さもあり、満足してくれるだろう。

 

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しばらく観察すると、すごい光景が目に入った。

 

柵の高さは1メートル20センチはある。

 

そこをよじ登って柵を壊そうとしていた。

 

すごい行動力だ。

 

柵は壊れなかったけど、僕はこれまでヤギのことを甘くみていたのかもしれないなと反省した。

 

 

大体の物事には、理由がある。

 

田舎が衰退していくのも理由があるし、農家がどんどん少なくなるのも理由がある。

 

多くの場合、理由はいくつかあり複雑に絡み合っているので、それらをちゃんと紐解いていく作業が必要になってくる。

 

そして、その紐解いていくためには、あらゆる知識が必要になる。

 

昨今、リベラルアーツ(教養)を学ぶことの重要性が問われているが、それは複雑化した社会を、断片的ではなく、複数の物差しで測ることで複合的に理解することが求められてきているからだと思う。

 

お金を稼げばいいとか、偉くなればいいとか、そんな単純な世の中じゃなくなってしまった。

 

答えがない中で、大事になってくるのは複数の尺度を持ち、あらゆるものを理解しようと努めることだと思う。

 

 

 

動物の種類は140万種と言われている。

 

その中で、犬や猫がペットとして選ばれたこと、それは理由があるはず。

 

そして、ヤギがペットになり得なかった理由もある。

 

それは、シンプルに言うことを聞かないからだと思う。

そして、ちょっと臭いからかもしれません。

 

ヤギがペットにならなかった理由は、複数の尺度で測るまでもないと思っております。

 

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メェメェいうので、何かなと思うと、紐に絡まっていた。

 

いうこと聞かないし、臭いけど、やっぱり可愛いです。

 

ペットとしては、おすすめしません。